台湾初心者の戯言

台湾の大学に生息中の日本人が、華やかに見られがちな留学生活とは遠くかけ離れた、凋落した留学生活を書き残すための備忘録。

旧友たちと再会した話

2018年、すでに一か月が終わってしまいましたね。そしてだんだんぼくが台湾に再び戻る日も近づいてきます。今は向き合いたくない事実ですが、毎回不思議なことに3日前ぐらいになると、覚悟ができて吹っ切れるんですよね。それと同時に荷物をまとめだすって感じです。

さて少し前なんですけど、小学校時代の旧友たちと再会しました。正確にいうと、個々では割と頻繁に会ってたんですが、3人揃うのが卒業以来なかったっていう感じですね。久々に3人で集まり、お互い全く違うのレールに乗っかり未来をなんとか生き抜こうとしつつも、なんやかんやお互い変わってなかった安心感を感じながら、自分の感じたことでも書き残しておこうと思います。

早く書こう書こうと思ってたら、先に書いてくれてる友人がいたんで先にシェアしておきます。

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気づけば10年近くの月日が経っていた

久々に会ったはずなのに、あまり久しぶり感がなかった。ちょっと不思議な雰囲気の中、小学校時代の思い出を噛みしめながら冷たいビールを喉いっぱいに流し込みながら、久々の集まりは始まった。久々感なかったのはもしかしたら個々では結構会ってたせいかもわからないけど、とにかくこの雰囲気に並々ならぬ懐かしさと、ある種の安心感のようなものを感じた。

小学生だった当時は全く気付かなかったが、ぼくら3人に共通点という共通点はなかったような気もする、たまたま同じ小学校に通い、たまたま同じ課外活動に参加していた、それだけのことぐらいしかなくて、性格は3人とも全然バラバラだし、考えてることもお互い全くベクトルが違ってたし、たぶん大きくなってから出会ってたらここまで仲良くなることもなかったように思える。

 

小学校卒業後、全員中学受験をして地元の学校に行かなかったので、そこからそれぞれ己の進路に進み交流という交流も途絶えてしまった。今でこそSNSが登場して、Facebookとか見てると懐かしい名前が出てきてすぐ連絡することができるようになったが、当時はガラケー、せいぜい電話かメールぐらいしかできなかったし、お互いがどんな進んだ先の進路でどんなことをやっているかとか、知る由もなかったしある意味知ろうともしてなかった、あえて知ることのできたツールは、年一回の年賀状ぐらいである。

月日が経ち、ぼくらも全員大学生ぐらいの歳になり、それぞれの進路や将来設計を聞いてみると、やっぱりみんなバラバラなのである、そら全員違う人間だから当たり前のことなんだけど、ある意味では全員特徴的なぐらいめちゃくちゃなので、そういうところがなんというかぼくら感じた。

たぶん今のところ一番順調な友人は、日本の大学に進学して今就活の真っただ中。器用だしいち早く学生生活から抜け出して社会に出ていくんだろうなって勝手に思ってる。

もう一人はたまにここでも紹介する、国外の大学に進学した彼。色々悩んだ末に彼は帰ってきたけども、彼も頭がきれる人間なのできっとすげえやつになるんだろうなって。

残るはぼくだが、紆余曲折の末なぜか台湾の大学に。凋落した生活ぶりはここのブログにある通り。勉強はそれなりに頑張ってるつもりだが、やはり彼ら2人には遠く及ばないなと感じた。

みんな変わらなかった

そんなぼくらだけど、何回も言うようにやっぱりぼくら3人は大きく変わることはなかったし、これからもいい意味で変わらないでほしいと思った。進路から見ても先日会って話した時も、やっぱりぼくらの考え方とか性格とか、たぶん大きくなってから出会ってたら相容れることのないような集まりだけども、そんなはずなのにぼく自身は何とも言えない安心感を覚えた。なんたって気張らなくていいし、お互い古い付き合いであるが故、言葉に出さなくてもある程度はコミュニケーションとして成立するわけで、そういうところがきっと安心感のようなものを感じさせてるんだと思う。

ぼく以外の二人はおそらく当分東京にいると思うが、一人はまもなく社会に出るであろうし、ぼくもなんやかんやで東京にいる期間のほうが少ないから、次会うのはいつになるのか誰にもわからない、半年後ぐらいな気もするしまた10年ぐらい会わないのかもしれない。いずれにせよ、こういう関係ってのはいつまでも大切にしていきたい、そう強く感じた夜であった。

これからの台湾生活に於いて

ここまでは、先日会った後に泥酔状態で書いてたみたいです。それで、です・ます調じゃないんですが。

見返して、いま台湾生活において欠乏してるものと、それに対して自分自身が改善しなきゃならないことが見えてきたので、ちょっと考えてみたいと思います。

台湾生活、色味がないというか淡泊というかしんどいというか、そんなことをこのブログでもしょっちゅう話していることですが、たぶんその理由というか原因の一つを今回の集まりで発見できたような気がします。

台湾にも台湾人の友達は普通?にいるし、おかげさまで良くしてもらっているけども、仲良いって言える友達って数えるぐらいしかいないんですよね。原因は99%自分にあるんですが。

元々人付き合いするときに、割と壁を作ってしまうタイプなんですが、プラスで語学の壁みたいなものを自分から作っているせいで、自分では気づかないうちに対外的に壁を作りまくってたみたいです。台湾人の友人にある時言われて初めて気づいたんですが、めっちゃしゃべりかけんなオーラ出てるときあるよって言われて、ちょっとびっくりした記憶があります。いや気分乗らないときとかは、意図的にそうしてるときはありますけど、そんな常々やってたつもりはなかったので非常にびっくりしました。

でも授業後に教授とかに用事があるときとかは割と普通に話すし(下手なりに)、一応入学に必要な最低限ラインの中国語学習は必死にやってきたので、生活には困らないし、1年ちょっといて授業もさすがに慣れてきているので、そういう面においての辛さは入学時に比べたら幾分改善されてるとは思うんですが…。

 

そもそも語学学習があんまり得意じゃないので、それもあって人前で話すのとかそういう類のものが日本語の時以上に苦痛だし、たぶんそういう自分のダメなところが、言うまでもなく全ての原因と問題なんでしょう。

かと言って、この留学生活中にどこまで治せるのかってのは、ぶっちゃけ疑問というか。個人的には勉強とか日々の生活とか心の維持に必死過ぎて、そこまで手が回らないまま終わってしまいそうな気もしています。

ただそうならそうなりの留学生活の楽しみとかを早いところ見つけないと、仮に卒業できたとしても、ただ学位を得ただけで無断苦痛を味わっただけの台湾生活になりそうだし、何かしらのアプローチでこういう壁を乗り越えたいですね。

 

追記

記事を投稿したつもりが下書きになってたらしく、結局今日投稿になっているんですが、昨夜台灣東部で地震があったようです。花蓮では一部建物の倒壊で死傷者が出ているようで。幸い花蓮とか宜蘭とか東部に住んでる友人たちは、特に何もなかったようなのでとりあえず一安心です。

ネットテレビ等色々情報がすぐ手に入る時代なので、別にここで敢えていろいろ言うことはしませんが、一台湾在留者として1日も早く普段通りの生活に戻ることを祈っています。

また地球上ではいつどこで自然災害が起きるかわからないものですが、こういうのに遭遇した時のためにインターネットとかで在留届とか旅行登録とかをしておくべきですね。ぼくも最近になってようやくちゃんと提出したんですが…。

「在留届」をご存知ですか? | 外務省

台湾(中華民国)と日本は国交が存在しませんが、一応現地に日本台湾交流協会という対台湾窓口機関が大使館業務を行っているので、旅行登録とか在留届を出しておくとここに情報が行くみたいです。

最近訪台する日本人も増えてますが、自然災害を含め何が起きるかわからないし、ここの機関も諸外国にあるような大使館ほど大きな機関ではないと聞くので、こういうときの為に面倒でも登録しておくと自分のためにも、彼らの若干の手間軽減にもなっていいと思いますよ。(と勝手に思ってるだけですが)

 

外務省の宣伝みたいになってしまいましたが、とにかく早く普段通りの生活に戻ることを心より祈ってます。

そんで自分も、残り少ない冬休みをできるだけ自分らしく過ごして、迫りくる来学期も嫌々愚痴を吐きつつ、気合入れて頑張りたいと思います。

 

Hsiao-Jen.