台湾初心者の戯言

台湾の大学に生息中の日本人が、華やかに見られがちな留学生活とは遠くかけ離れた、凋落した留学生活を書き残すための備忘録。

醒めやらぬ夢の中で

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今朝方JALから連絡がメールが来てて、折り返し電話を入れるようにと来ていた。
なんだろうと思って折り返すと、今月末の飛行機が変更になった旨の確認の電話だった。
かなり前にメールで変更になったことは知っていたが、わざわざ電話連絡を入れてくれるJALの丁寧なところが、ぼくがJALが好きで使い続ける理由の一つだ。

気づけば台湾を離れるまで14日。
色々あって卒業が伸びそうだったのだが、無事4年で卒業できそうだ。
明日は卒業式だったが、あいにく先約が入ってるのでパスする。

まだテストが終わったわけではないし安心できるわけではないんだけど、今までの経験則から言えば、単位を落とすことはないから卒業はできるだろう。
小学校・中学校とまともにいかず、高校は4年かけて卒業した自分が、大学はほとんどサボることなく、単位も2教科落としだけで卒業できるってのが、にわかに信じがたいものである。

中学受験も大した学校に入れず、言うならば周りが良い意味でバカすぎたので(楽しくて愉快な子達は多かったし、今はみな優秀な子達ばかり)あの頃の成績は相対的には良かったけど、高校も附属校をすぐに辞め受験しなおし、今では有名になった都立高校で無駄に4年間を過ごしてきた。

正直高卒で働こうと思ったとは、このブログでもきっと何回か話したと思う。
そんな自分がたまたま台湾という進学先に出会い、一時真面目に勉強して多少中国語ができるようになったので(今では酷いものだが)大学を出してみたら、台湾では割と名の知れた大学に受かってしまったんだから、人生というのは不思議なものである。

 

割と有名な大学の、国家のキャリア官僚を養成する学科に何も知らずに飛び込み、周りに怪訝な顔をされながらも助けてもらいつつ、しかし何回挫折しそうになったかわからないが、死ぬほど長かった4年が終ろうとしていて、今卒業できそうになってると思うと、やっぱりわからない。

 

この自分が大学の「学士」という資格を得ようとしていることが不思議だし、まるで笹子トンネルのように長かった(死ぬほど長かった)4年間が、まもなく終ろうとしていることが自分の中で整理がついてないし、とは言え振り返りたくもないという気持ちでもある。


4年間を振り返ると色々なことがあったのは覚えているが、一つ一つを細かく振り返らないし、きっと思い出すこともない。
今日は用事があって大学にいたが、帰りのバスの中で4年間過ごしてきた風景が流れる姿をみて、少しは何か感じるものがあるかなと思ったんだけど、別に何もなかった。

 

台湾という国は嫌いじゃないし、きっと観光でも他の用事でもまた来ると思うし、人生というのは何が起こるかわからないからまた住むかも知れない。

でもきっとこの4年間のことは、記憶の片隅に置かれることもなく消えていくんだろうなと思った。理由はわからない。

少なくとも自分が得て来た知識と経験、そして学歴が残って自分が一歩でも成長したならそれで十分だと考える。

 

最近ずっとやってたことが一つある、大学以外に日本の会社でインターンをやってた。
こっちでもリモートでずっと仕事してた、時には寝る時間を削ってでも必死にやってた。つい先日辞めてしまったんだけど。
ケンカ別れ的な感じで辞めてしまったけど、4年間で自分は成長できたと思ったのに、まるで昔の自分に戻ってしまったような気がしてすごく嫌気がさした。

成長し続けるってすごく大変なことなんだなって思った。
自分の選択が正しいとは思えないけど、でも色んな人に迷惑をかけながら得るものはたくさんあった。いつかもっと成長して恩返しする。

この4年間で起きた、愉快なことも辛いことも悲しいことも、心から尊敬できた人も、心から一緒にいて楽しかった人たちも、全部置いていこうと思う。
さっきも言ったけど、この4年間で過ぎ去ったことが既にぼんやりとした淡いものになってる。

 

日本に帰って失った4年、いやもっとかもしれないけど死ぬ気で頑張ることにする。

 

 

群青日和

群青日和

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