台湾初心者の戯言

台湾の大学を卒業した日本人が、日本社会の荒波に揉まれていくさま

武者修行

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日本に帰国して3ヶ月少々が経つ。
うんざりするような日本の暑さ(と言っても台湾生活で慣れたので思ったほどのしんどさはなかったが)も終わり、秋らしい涼しい空気。
元々秋生まれなのもあり、秋が一番好きだった季節なんだが、どうも今年は例年より寒さを感じる。久々に長期で日本に滞在してるせいか、身体が追いついてないのかもしれない。
あるいは昨今の状況で外出を控えてて、血行が悪くなったのか。

来年4月から社会人だが、その前にいろいろ経験を積もうとバイトをしている。
新しいことをはじめて、日々慣れないことだらけ。
期待して頂いてる分、プレッシャーも重くのしかかる。

今までも様々なバイトをしてきたけども、最近重く感じることは「お客様あっての仕事」ということ。
こんなことは、常識中の常識だし頭の中では理解していた。
自分の今までの浅い人生やバイトの経験でも身を以て感じていたはずのことなのに、またこの重さを強く感じる。

何か対価を得るためには、それを評価してくれる相手(=お客様)が常にいる。
物々交換の時から、その本質は何も変わってない。

それをまた強く感じる日々、ある種の修行なのかもしれない。
 

青空のように

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Hsiao-Jen.

シャバの空気

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またしばらくこちらを放置してしまった。
6月末に日本に帰ってきてから、忙しいわけではないがバタバタしてしまい、なかなかこちらに来る時間と余裕を作ることができなかった。

無事、台湾の大学を卒業し日本に帰ってくることができた。
「國立政治大學 社會科學學院 地政學系土地管理組」の学士学位を得ることができた。
台湾初心者の戯言という名前で3年近くこのブログをやってきたが、4年も台湾住んだしそろそろ台湾初心者も卒業できるかな。

今後の進路も無事に決まった。
とりあえず辛かった学生生活とは、いったん一区切りができる見通しがたった。
とはいえ来年4月までは正真正銘無職ニートなので、何か稼ぎ先を探さないといけないけれども。

このブログの処遇をどうしようか少し悩んだが、気が向いたらぽつぽつ色々吐く吐き溜め的な存在にしたいと思う。

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ペラ紙と言ったら怒られるが、この冊子を得るために台湾で4年間必死にもがいてきたんだなと思うと、普通はしんみりした気持ちになるんだと思う。
ただいかんせん帰ってきて1ヶ月ちょっとが経ってしまったので、もうずいぶん遠い昔の話のようにも思う。

ここでは自分が勉強していることについて色々書いていたので、ぼくがどこで何を勉強しているか特定するのは容易だったと思うが(そんなことする人が存在するのも知っている)、なぜか自分は台湾で地政學系、英語でいえばDepartment of Land Economicsというパッとしない学問を勉強していた。
過去にも話したが、自分の周りはみんな台湾の未来を担う高級官僚になったり、あるいは日本でいうところのディベロッパー界隈に行く人、仲のいい友達は台湾でもかなり有名な大手銀行に就職した。

Land Economicsという学科名ではあるが、学んだことは不動産行政とか法律とかそこら辺が多かった。
市場分析みたいな金融系のこと、土地経済など経済系の学問、不動産管理や鑑定など専門的かつ実践的なことを学んだけれども、自分の中で最も得たものは、多分台湾の不動産というものを社会科学という領域から見つめ、その観点からより深く台湾という国に踏み込めたことなんじゃないかと思う。

しかしそれ故に?かどうかはわからないが、ディベロッパーとはぼくは縁がなかったし、そうでないにしても自分が何を学んできたのかっていうのを、短い時間で端的に言語化できないことがここ最近多々あったから、まだまだ自分の勉強は足りないのだなと強く感じる。

日本に帰ってきてしばらく経つが、台湾在学中良くしていただいた学科の徐世榮教授から、日本語の論文を翻訳する作業を手伝ってくれと言われて、時間と気が向いた時に手をつけている。
あまりに進度が遅すぎて、そろそろ怒られるのではないかと心配しているが。

今後台湾に戻る機会があるかはわからないし、何よりこの状況なので当分向こうに渡ることはかなわないと思ってる。
事務的な手続きでやり残していることがあるので、行ける時にはまた行くと思うけど。

もしぼくが何か台湾と関わりを持ち続けるとしたら、先にあげた論文の手伝いを通して、台湾の「區段徵收」(Excess Condemnation)に対する興味を絶やさないことだろう。

自分は研究者という道を選ばなかったし、在学中も決して優等生というわけではなかったので、専門的なことを全て把握しているわけではないのだけど、區段徵收という台湾の汚点(とぼくは思ってる)を如何に変えていけるかを見守りたいし、ほんとだったらそれを解決できる力を自分自身が持てればな…。みたいな。


ブログの名前は面倒なのでこのままにする。
幸いこのブログに台湾情報や留学界隈の話を聞きに来る人もいないので(万が一いたら、コメントかTwitter探してリプライくれ)

以上近況報告でした。
台湾在住中、こちらでも様々な人たちに支えられてきました。
本当にありがとうございました。
今後ともお付き合い頂ければと思います。

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Hsiao-Jen.

醒めやらぬ夢の中で

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今朝方JALから連絡がメールが来てて、折り返し電話を入れるようにと来ていた。
なんだろうと思って折り返すと、今月末の飛行機が変更になった旨の確認の電話だった。
かなり前にメールで変更になったことは知っていたが、わざわざ電話連絡を入れてくれるJALの丁寧なところが、ぼくがJALが好きで使い続ける理由の一つだ。

気づけば台湾を離れるまで14日。
色々あって卒業が伸びそうだったのだが、無事4年で卒業できそうだ。
明日は卒業式だったが、あいにく先約が入ってるのでパスする。

まだテストが終わったわけではないし安心できるわけではないんだけど、今までの経験則から言えば、単位を落とすことはないから卒業はできるだろう。
小学校・中学校とまともにいかず、高校は4年かけて卒業した自分が、大学はほとんどサボることなく、単位も2教科落としだけで卒業できるってのが、にわかに信じがたいものである。

中学受験も大した学校に入れず、言うならば周りが良い意味でバカすぎたので(楽しくて愉快な子達は多かったし、今はみな優秀な子達ばかり)あの頃の成績は相対的には良かったけど、高校も附属校をすぐに辞め受験しなおし、今では有名になった都立高校で無駄に4年間を過ごしてきた。

正直高卒で働こうと思ったとは、このブログでもきっと何回か話したと思う。
そんな自分がたまたま台湾という進学先に出会い、一時真面目に勉強して多少中国語ができるようになったので(今では酷いものだが)大学を出してみたら、台湾では割と名の知れた大学に受かってしまったんだから、人生というのは不思議なものである。

 

割と有名な大学の、国家のキャリア官僚を養成する学科に何も知らずに飛び込み、周りに怪訝な顔をされながらも助けてもらいつつ、しかし何回挫折しそうになったかわからないが、死ぬほど長かった4年が終ろうとしていて、今卒業できそうになってると思うと、やっぱりわからない。

 

この自分が大学の「学士」という資格を得ようとしていることが不思議だし、まるで笹子トンネルのように長かった(死ぬほど長かった)4年間が、まもなく終ろうとしていることが自分の中で整理がついてないし、とは言え振り返りたくもないという気持ちでもある。


4年間を振り返ると色々なことがあったのは覚えているが、一つ一つを細かく振り返らないし、きっと思い出すこともない。
今日は用事があって大学にいたが、帰りのバスの中で4年間過ごしてきた風景が流れる姿をみて、少しは何か感じるものがあるかなと思ったんだけど、別に何もなかった。

 

台湾という国は嫌いじゃないし、きっと観光でも他の用事でもまた来ると思うし、人生というのは何が起こるかわからないからまた住むかも知れない。

でもきっとこの4年間のことは、記憶の片隅に置かれることもなく消えていくんだろうなと思った。理由はわからない。

少なくとも自分が得て来た知識と経験、そして学歴が残って自分が一歩でも成長したならそれで十分だと考える。

 

最近ずっとやってたことが一つある、大学以外に日本の会社でインターンをやってた。
こっちでもリモートでずっと仕事してた、時には寝る時間を削ってでも必死にやってた。つい先日辞めてしまったんだけど。
ケンカ別れ的な感じで辞めてしまったけど、4年間で自分は成長できたと思ったのに、まるで昔の自分に戻ってしまったような気がしてすごく嫌気がさした。

成長し続けるってすごく大変なことなんだなって思った。
自分の選択が正しいとは思えないけど、でも色んな人に迷惑をかけながら得るものはたくさんあった。いつかもっと成長して恩返しする。

この4年間で起きた、愉快なことも辛いことも悲しいことも、心から尊敬できた人も、心から一緒にいて楽しかった人たちも、全部置いていこうと思う。
さっきも言ったけど、この4年間で過ぎ去ったことが既にぼんやりとした淡いものになってる。

 

日本に帰って失った4年、いやもっとかもしれないけど死ぬ気で頑張ることにする。

 

 

群青日和

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疎遠

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人生6割はうまくいかないと思って覚悟を決めてはいるものの、実際うまくいかないことが重なると、どうもストレスになってしまう。

めずらしく胃の調子が悪く、ろくに食事を摂れなくなりかけたが、ストレスが原因なのかはわからない。

多分違うと思うし、認めると昔と変わらないので認めない。

 

気づけばこの国もあと一ヶ月ほどで離れる。

4年間の生活は嫌というほど長く、時にウンザリするほど濃い4年間だった。

一刻も早く帰りたいと思うのは、結局4年間の中で一度も変わらなかった。

心の底からこの場所が嫌なわけではないが、やはり自分の生まれ故郷である東京をしばらく離れると、たまにの2-3日東京に帰りたくなるものなんだろう。

 

しかしこの4年間の学生生活において、様々な人たちに助けられてきたことは言うまでもない。

同学科のクラスメートや、中国語の面倒を見てくれた先輩たちには頭が上がらない。

中には公務員を目指す人、外交官になった人、人を守る仕事に就いた人など、皆ぼくよりよっぽど優秀な人たちばかりだったが、ぼくの面倒を見てくれて本当に恵まれたなと思う。

 

けれど台湾から日本に戻り、おそらく彼らとまた会うことはほぼないだろうと思うと、幾ばくか悲しい気持ちにもなる。

 

ただぼくの人間関係の作り方は、基本的に下手くそで、仕事等は除いてなるだけ自我を強く出し過ぎないように心がけてはいるが、人間関係においては多分相当自己中心的に回してるんだと思う。

中学時代仲良かった友達と、高校が変わり疎遠になり、大学時代に再会し仲良くなったと思えば、最近また疎遠になりつつある。

もちろん地理的な環境や、相互の事情で人間関係はいくらでも変わる。

けどぼくは、かなりの頻度で自分の気分を優先させて、自分から人間関係を疎遠にさせがちになってしまう。

 

現に台湾で知り合った人たちでも、自分から疎遠になりそのままの人は少なくない。

ご都合主義というつもりはないが、結果としてはそうなってしまっている。

それに振り回される周りは、少なからず迷惑だと思うだろうし、それ故に戻らなくなる人間関係だって決して少なくなかった。

 

でもきっと台湾での人間関係も、日本で揉まれる日々を過ごしてゆくにつれ、一生戻ることはないのだろうなと思うし、それはそれで仕方がないのだろう。

一期一会って言葉は、こういう場面で使う言葉ではないが、そういうことなんだろう。

 

せめて中国語を忘れないために、近況を腹を割って話せるような関係の友人がいれば良いのだろうが、ぼく自身の性格上難しいだろうと半ば諦めている。

 

青空のように

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Hsiao-Jen.

大きな不安と小さな不安

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世の中こんな状態なので、卒業式なるものはなくなった。
仕方がないので一人部屋で卒業式ごっこをやってみた。
いろいろな不安に潰されそうになってる。

 

以上

行く先はいずこへ

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正直世の中がここまで影響を受けるとは、1ヶ月半前は想像がつかなかった。

日経平均が20,000円を切ったばかりの頃は、リーマンショックよりちょっと大きい経済事象だな程度にしか考えてなかった。

リーマンショック以上って、冷静に考えればかなり洒落にならない規模だし、実際自分もそれでここ数ヶ月かなりの資産損失を出しているが…。

 

しかし今となってみれば、リーマンショックよりちょっと大きいぐらいの経済事象であってほしかった。

まさか世の中がここまで混乱に陥るとは、想像もしていなかった。
イギリスで感染者が増え始め、イギリス王室に蔓延し始めたあたりから、世界的にいよいよまずいという感じが広まったような気がしている。
あくまでぼくの感覚なので、実際のところはよくわからないが。

 

ぼく自身、正直コロナウイルスがどうこうってのは全くない。

確かに台湾でも買い溜めや混乱があり、生活は多少不便ではある。
しかし日本にいても台湾にいても、今この状況はあまり変わらないと思っている。

当初は4月末に一時帰国しようとチケットを買っていたのだが、結局この状況なのでキャンセルせざるを得なくなった。
上の写真は2月にこっちに戻ってきた時の、ビジネスクラス機内食
ビジネスは普段ほとんど乗らないが、以前乗った時は洋食だったので2月は和食にしたら、こっちのが全然おいしかったので、また4月も和食を食べようとビジネスクラスにしたのだが、残念ながらキャンセルしてしまった。


学生をやりつつも、東京とリモートワークをこっちでしているが、東京の状況を見てそれなりに混乱しているというのはひしひしと伝わって来る。

在台日本人はみな口を揃え、「日本政府は何をやってるんだ、それに比べて台湾はよっぽど立派だ」と言う。

確かに日本の対応が後手後手に回ってるのは、どう頑張っても否定できない絶対的事実である。

でも限られた選択肢しか取れない中で見れば、日本はそれなりに善戦しているとは思う。

 

みな台湾と比較をするが、まず議院内閣制と半大統領制では単純な比較はできない。

また台湾は歴史的な成り立ちや、中国との関係から中央の権力が元々強い。

いろいろな時間軸を経て、中央から人民へのある程度の権力移行は進んでいるとは言え、やはり中央の力が強いと個人的には感じている。

特に自分が専攻している不動産行政の界隈では、かなり中央の力が強いのが条文からも見て取れる。

今のところ発令されてないが、台湾の場合は総統(大統領)権限で緊急命令というのを出すことができ、10日以内に立法院(国会)の追認があれば、既存の法律の法的根拠(法律保留原則)を超越して、憲法からのみの根拠で外部効力を発するという制度がある。

 

現行の日本国憲法には、台湾の緊急命令に相当する制度は認められておらず、行政府が緊急時にこのような中央集権的対応を取るためには、あくまで立法の順序を得る必要がある。

今言われている緊急事態宣言も、あくまで新型インフル特措法の法改正と解釈変更により、はじめて緊急事態宣言が出せる状況にあるわけで、それらの流れを超越して緊急事態宣言を出せるわけではない。(あくまで今回のケースでは)

 

経済対策に関しては確かに話が二転三転していて、いかにも日本らしいなとは思う。

実は中小企業向けの救済は結構ちゃんとやってるんだが、目に見える個人に対する救済がパッとしないのが、みながフラストレーションを溜める理由かもしれない。

ただいかにも日本らしいのは結局その通りで、我々がそれを批判するということは、結果として自己の批判にもなるわけで、自分たちの文化性のせいあったりもすると思う。

 

また中央が管理するということに、台湾と日本では大きな意識の違いがあると思う。
おそらくだが、平時に中央が必要時に管理できるような仕組みや制度を作ると、今度は行政府の職権濫用と言い出す人や政党が決して少なくないのは目に見えている。

 

台湾の行政が優れていて、日本の行政が劣っているという問題ではない。
たしかに台湾の行政は素晴らしい対応をしているのは、ぼくも100も承知だ。
しかし日本に関しては行政以上に国民性全体の構造が、こういう事態になった時にそのまま自分たちに返ってきてるだけだと思っている。
多くの日本人が望んだ結果とも言えるし、多分誰が政権を握ってても結果はそこまで変わらないと思う、この制度を変えられない限りは。

 

えらい政治的な話をしてしまったが、別に政治的討論をしたいわけではない。
何よりぼくは、この状況下で日本に帰れなくなってしまった。

この状況下でも、台湾の大学はあくまで授業をやることにこだわるらしい。
実は台湾も、そういうところは日本的だったりする。
先日も同じ授業を受けていたが、すごく咳き込んでる学生がいてみんな見ていた。
何よりみんなピリピリしているので、とにかくちょっとしたことがすぐに気になりストレスになる。


いっそのこと、全てオンラインにするなりすればいいのではと思っているが、やはり文化性はそう簡単に変えられないものがある。

 

とにもかくにもいち早くこの状況が終息して、早く色んな場所に旅行できる状況ができてほしいと強く願うばかりである。

 

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 Hsiao-Jen.

厳しい世界

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気づけば3ヶ月近く、はてなを更新してなかった。

別に死んでいたわけでもなく、ここに飽きたわけでもなく、ただ単純に日々の生活に忙殺されてて意識が回ってなかっただけである。

 

気づけば新しい年を迎え、迎えた途端にあれやこれやで世界は修羅場。

ぼくはきっちり日本に帰ってたけど、新学期が遅れるハプニングに遭遇し、10時間だけ滞在してとんぼ返りするという、台湾滞在自己最短記録樹立したりと、とりあえず色々バタバタしていた。

 

忙しい日々でやってたことは色々あって、一時帰国中の週末はほぼ毎週東京にいなくていろんなところ飛び回ってたし、それ以外にもいろんなことやってたんだけど、あんまり書くと際限ないのでここら辺にしておく。

 

しかし最後の冬休みだった今回も、やはり台湾に戻る時はそれなりにしんどかった。

最後の半年になるであろう台湾生活だが、やはり自分自身は海外生活にそこまで向いてないのかもしれない。

 

向いてないというと語弊があるかもしれない。

台湾と日本をしょっちゅう行き来はしていたが、一応4年は普通に生活できた。

たくさんの困難や苦痛を超えることはできたし、それを言うと海外生活は人並みにできる。

もし仕事で海外に行ってきなさいと言われれば、全然普通にいく。

 

と、ここまで書いて気づいたことなのだが、海外生活じゃなくて学生生活が嫌なんじゃないかと思った。

そこが本質かもしれない。

 

しかしそんな学生生活もそろそろ終わってしまう。

紆余曲折あった学生生活だが、人生で一番長い学生生活にもそろそろピリオドを打とうとしているのだ。

 

人間過ぎたことをやたら懐かしむものだけど、きっと自分も歳をとってそうなるのだろう。

台湾生活もまさにそうで、今はしんどいだのあーだの言ってるが、どうせ帰るとすぐに懐かしく感じる。

だからそのために、この最後の半年は台湾の色々なところを回ろうとしていた。

 

ところが世界は今こんな状況。

日本よりも全然検疫体制が厳しい台湾で、あんまりうかつにウロウロしようという気にならない。

 

もっと言うと、中国にももっと行きたかった。

幼いころは、中国なんて一生行くことはないと思っていた。

しかし人間の価値観というものは変わるものらしく、大学生活後半ぐらいから中華圏に好んでいくようになった。

 

でもこの状況じゃ、当分は気軽に中華圏に行けないだろう。

 

香港に行けなくなった時も複雑な気持ちになったが、今はもはやどうしようもないので諦めの気持ちしかない。

 

そんな最後の大学生活、どうやって過ごそうか一瞬考えてみようとも思ったが、そもそもスケジュール的に結構カツカツな気がしてる。

 

大学の授業はもうほとんどないのだが、他にやっていることがそれなりにたくさんあるため、あんまりゆったりした生活はできない。

元来ぼーっと生きていける性格ではないので、そっちのが寧ろうれしいといえばうれしいのだが。

 

今急に感じたことだけど、歳を取るということは恐ろしいことだなと思った。

気持ちは今でも17歳の頃から止まっていると、常日頃言っていることなのだが、現実どうやらそうはいかないらしい。

 

台湾に関する話は、今の状況が落ち着いて気が向いたらまたまとめたいと思う。

 

今日は自分の価値観が変わったな、というだけでお話は終わり。

 

そいえばさっきInstagramを見てたとき知ったけど、大学同期の日本人の子がhatenaでブログを始めたそうなので、本人の許可は全く得てないけど宣伝しておきます。

 

nanakointaiwan.hatenablog.com

ぼくより1000倍ぐらい真面目な子なので、きっと充実したブログになるでしょう。

※リンクまずかったら消すので連絡ください。

 

 

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Hsiao-Jen.