台湾初心者の戯言

台湾の大学を卒業した日本人が、日本社会の荒波に揉まれていくさま

優しい人間でありたい

1年以上何も書いてなかった。
社会人になって充実していたのか、ただ忙しさで余裕がなかったのか。
結論を言えば前者3割、後者7割ぐらい。

台湾にいた頃の記憶はもうほとんど遠い昔の思い出になってしまい、すっかり使わなくなった中国語は日を追うごとに忘れていく日々である。
しかし仕事という行為で金を得ることができるいうのは、思えばなかなか精神的に良いなという感じでもある。

社会人も2年目になったが、その過程で色々あったことを書く元気は正直ない。
ただ久しぶりにここに垃圾を置いていこうと思うことがあったので書く。

最近人生で1番大きい買い物をした。
軽く数百万はする買い物だった。

その過程で不動産屋のお世話にもなった。
大学時代は不動産行政の勉強をしていたが、そちらの業界に行かなくてよかったなと思う。

社会人になったぼくの仕事は、謂わば人と人の間に立つことが多い仕事だった。
その人と人が極めて親しい第三者だったり、あるいは同じ人であることも往々にしてあったが、とにかく人と人の間に立つ仕事であった。

いち会社員としても、あるいはいち人間としても、その間は何事もなくスムーズにボールをパスできればみんな幸せだし何より自分も幸せだが、どうにもそういかないことが多い仕事だった。

その間に立つ楽しさも辛さもやりがいも色々感じたが、今回お世話になった不動産屋はまた人と人の間に立つような関係であった。
むしろぼくの仕事よりより複雑な状態で。

ぼくは一顧客として120%満足していると言えるし、頭が上がらない。
ただその先とのやりとりを持ってもらう中で、どうしてもその先とのコミュニケーションが円滑にいかず、間を取り持ってもらう人には色々無理強いをさせてしまったなと思う。

先にもいったが自分はその大変さが多少なりともわかる故、全てが円満に終わった今、猛烈に反省をしている。

そろそろ疲れてきたのでこのぐらいにしておくが、優しい人間でありたい。
そう強く感じた。

以上

SHOW

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Hsiao-Jen.