台湾初心者の戯言

台湾の大学に生息中の日本人が、華やかに見られがちな留学生活とは遠くかけ離れた、凋落した留学生活を書き残すための備忘録。

後ろに対する責任。

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よくわかんないけど今日は寝付けなかった、朝から授業だったから結局2時間しか寝れてない。まあでもちょうどよく、午後の授業が一つ休講になったから後で寝足そう。

本題に入ろう。先日日本にいたころ中国語とか大学申請でお世話になってた先生が、台湾を進路に考えてる高校生達を連れて、台湾の大学をいくつか回るツアーみたいなのをやってて、そこで先生と色々お話しする機会があった。

その時色々考えさせられることがあったので、今日はその時の話を。

 

懐かしい気持ち。

自分も3年ぐらい前のこのぐらいの時期、同じように参加したのを覚えてる。

当時付き合ってた彼女に会うために台湾の大学を見て、当時路頭に迷いかけ詰みかけてた自分を、この国に来て勉強してみよう、そんなことを感じさせてくれて、ある種の希望を与えてくれたのはよく覚えている。同時に今ぼくがいる大学を参観した時に、この大学に来ることはないだろうなと思った、現実は真逆だったけども。あ、別に台湾留学を宣伝しているわけではないよ。

ツアーは台北の有名な大学を周りつつ、先輩達の話を聞きつつ。当時も今も基本的にはそのスタイルに変化はない。

当たり前だがあの時は、まさか自分がこの国で後輩達を迎えることになるとは思ってもなかった。そして今年ぼくが迎えた子達は4つも下の子達、まあとにかく若いし不思議な気分。

高校時代1年間無駄な時間過ごしてるから、台湾でも年下の子達と絡むのは常々あることなんだが、さすがに4つも下となると自分も歳とったんだなあと感じてしまう、まだ若いけどさ。

 
目を輝かしてる後輩をみて思った。

そろそろ本題に入ろう。今回日本から来た子達は5人ぐらいだったかな。その子達が本当に台湾を選ぶかはまだわからないが、それでもとにかくみんな真面目に話を聞いてた、毎回ほとんどは同じ高校の後輩たち(言っても半年しか行ってなかったけど)だったが、台湾留学っていうのもどんどんメジャーになってるのか、それともお世話になった先生たちの営業が功を奏してるのか、他の高校から来た子達もちらほら来るようになった。

ある子は外の高校から来た子だったが、既に台湾に来たい気持ちが結構高いらしく、やりたいこともちょうどぼくがやってることと似たようなことだったのもあり、いい意味でよく質問してきてくれた。

彼以外にも、同じ高校の後輩たちもみんな真剣だったような気がする。何回も言うが台湾に来るかは別としても、自分たちで若いうちから将来設計のヒントを探そうとするその姿勢は非常に尊敬する。えらそうに聞こえるかもしれないが、それは当時の自分にはできなかったことだから、ただ単純にすごいな。って思っただけ。

 

お世話になってる先生から聞いた話で、考えらさせられたこと。

今回お世話になってる先生から、現在塾に在学中で大学申請真っただ中の後輩たちに関する話を聞いて、ぼくたち現在台湾に生き残ってるぼくらが果たさなきゃいけない責任を感じた。

まず先生から何を聞いたんだって話。冬休み中塾を訪問した時も別の先生たちから話を

聞いてはいたんだが、今年台湾の大学に来ようとしている後輩たちはとにかく大変らしい。

あんまり具体的なことを書きすぎて後で問題になるのは面倒なので簡潔に書くが、どうも学習意欲がないらしい。

受動的な態度、積極性がない、成績が思わしくない。このぐらいにしておこう。

とにかく先生たちが言うには、もう5、6代ほど台湾に送ってきて毎年それなりに色々な苦労をしてきたが、今年の子たちはちょっと違うレベルだと。

正直そういう彼らでも、今の制度上ではおそらくどっかのそれなりにいい大学には受かってしまうだろう。(自分もこの枠で入ってるからえらそうなこと言えないが、それなりに英語ができれば、中国語おまけ程度でも入れちゃったりするらしい)

んで大学入ってから、あー中国語もっとやっておけばよかった。とかそういう苦労を味わったところで、それもぼくらにとっては痛くもかゆくも感じないのでどうでもいい。

しかし一つ思ったこと、このブログでは往々にして台湾に生息する「外国人留学生」について、あーでもないこーでもないとよくわからない目線で愚痴っているのは、少なからずこのブログに目を通してるみなさんの周知の事実だと思うが、そういう態度で台湾来ちゃった子たちが、台湾でもそのままそういう過ごし方をしちゃうんじゃないかと思った。人間環境変わっただけですぐに進歩するとはとても思えない。

そこで考えてみた、じゃあなんで彼らはそういう態度になってしまうんだろうか。

 

実績の壁に塗り固められた結果、見えづらくなってしまう真実。

一旦話を外して通ってた塾の話をしておく。詳しいことは言わないけども、進学実績という点では結構みんないい大学に行っている。偉そうな言い方になるが先輩たちは相当苦労してた、ある意味その先輩たちの苦労の賜物である。

歴史がある塾ではないが、何代か台湾に送り出すうちに段々実績というものが残る。あそこに通ってた先輩たちがみんなすごかった、そういうことなんだがみんなほんとにすごい大学に行く、んで進学先でも落ちこぼれることなく生き延びている。多かれ少なかれ彼らは苦労してたから、その結果である。何がともあれ、こかしらの過程各々すごく苦労しているのは、仲いい先輩たちの背中を見てよく感じてきた。

ここからが問題なのだ、先輩たちは各々苦労して乗り越えてきた故出した結果であり実績であるが、ほとんどの先輩たちはその苦労を能動的に発信してくれない。

でもこれは先輩たちの非ではない彼らは非常に器用だった故、もしかしたら本人たちはそれほど苦に感じてなかったの考え、わざわざ下の代にシェアしなかったんじゃないかと思ってる。

どのみち言えるのは、仮に彼らが能動的にそういうことを発信しなくても、逆にぼくらが能動的にそれらの情報を追いかけたり彼らに聞いたりしたら、彼らは間違えなく情報を提供してくれた。それはメリットだけに限らずデメリットだって。

しかし代を追うごとに顕著になっていくのは、それが次代に伝わらなくなっていく状況。つまり実績だけが前面に出て、彼らの苦労であったり払ってきた代償のようなものがどんどん裏に隠れてしまった気がする。

実はこれは非常に大きな問題である。原因を挙げるとすれば、実績がある以上敢えて自分から痛くなるようなことを聞く必要がないと思ってしまう後輩たちの気持ち、聞かれないなら敢えて自分の弱いところを出したくないという先輩側の心情。

どちらに非があるかと言えば、ぼくはどちらもと答えるだろう。それはもちろん自分自身を含め。

 

ぼくら台湾で生き残ってる者が、果たさなければならない責任。

以前お世話になった先生たちはそれらの状況を非常によく理解している、まずい状況だということを。

彼女たちもまた、台湾の大学であったり大学院を卒業して社会に出た偉大なる先輩たちでもあるからだ。

そして何度も学生たちに対して、その実績の裏に隠された先輩たちの苦労などを伝えてきた。もちろん現地に行って実際にその状況に置かれないとわからないことはもちろん。百聞不如一見、百聞は一見に如かずである。

でも本当に台湾に来たいならば、辛いこと苦労することを聞いて備えることもある種の自己防衛になると思うし、日本にいるときから先輩に頼りまくってきた、ぼくの常識の中ではそれが当たり前だと思っていたから。

ところが、今年の秋から台湾に来ようとしている彼らはどうも違うらしい。まず先生たちに「あれはやるべきだから」と言われても、返ってくる答えは「自分にとっては必要ないと思う」「お金がもったいない」、みたいな返事らしい。

ここで思った、ある意味ではぼくら先に行くものの過ちであり、果たさなければならない責任を果たさなかった結果なのかもしれないと。

先ほどからそして以前から言っているが、人間基本的には自分の弱みは見せたくないものだ、少なくともぼくはそう、負けず嫌いな性格とかを見てもそういうことなんだろう。

けども少なくともこのブログでは、辛いことしんどいことなるべく素直に書くようにしている、それら彼らの目に届いているかどうかはどうでもいい、ただぼくら先に行って生き残っている者たちには、経験を後ろに伝えていく責任があると思う。

別に意識高いことばかりをシェアすることだけがいいことだとは考えてない。

単純に自分の置かれてる状況にて遭遇した様々な出来事について、いいことだけでなく悪いこと、辛かったこと、それがたとえ自分の弱さを晒すことになったとしても、ぼくはなるべくこのブログに残していく。

それこそが今現状、自分自身が果たすことのできる後輩たちに対する責任であり、かつ尊敬する先輩たちが残してきた華々しい実績を守ることができる、もっとも単純で簡単な方法だと考えているから。

 

負のスパイラル。

何度も言ってるがぼくは意識高い系とは正反対の人間で、割と流れに身を任せて生きている人種である。
別に台湾の大学(≒海外の大学)に留学しているからと言って、意識高い目標を持つ必要はないと思っているから。持てるほうが良いには決まっているけども。

しかし最低限守らないといけないこと、それは留学生なりの苦労があるにせよ、最低限学問的なレベルで現地の学生の水準に追いつくこと。仮に追いつけなくても、追いつこうとする努力を絶対に欠かさないことである。

以前別の記事でも話したが、それは台湾人の学生に対する最低限の礼儀であると思っているから。

※台湾に於ける外国人留学生の立場云々の話は、以下の記事を参照していただきたい。

opera-two.hateblo.jp

先ほどから話している後輩たちの話、先述の通り、彼らは実際大学には受かってしまうだろう。あれだけの意識の低さにも関わらず。

しかし来てから起こりうるであろうことは、以前記事にしたような状況である。

というかすでにそれが起こりだしているのであるから。そういうのがある種の「外国人特権」を振りかざし、首の皮一枚ギリギリで生き残り、先輩面をして後輩たちに伝えていく。まさに負のスパイラルである。

いろいろ言ってるけど、本音は自分だって怖い。ブーメランになって自分に刺さるかもしれないから。けれども先ほど主張した通り、ぼくはなるだけ全てをここで話す努力をする。たしかに意識は高い人間じゃないが、でも高くないなりに果たすべき責任を果たすために。

 

ここまで心配する理由。

正直人のことを心配してられる程の余裕はない。自分だって台湾で大学から振り落とされないように日々必死だ。端から見ればある意味惨めなぐらい必死である。すべてはぼくが不器用であるが為に。

ただここまで後輩たちの現状を懸念し心配する理由、それは2つの理由から。

1つ目は、今まで先輩たちが苦労してきた実績に泥を塗ることになるから。

2つ目は、これから台湾に来ようとしている真面目かつ積極的な、明確なビジョンを持った後輩たちが、そういう一部の連中の行動によってより厳しい環境に置かれかねないからである。

良くも悪くも台湾人から見た日本人のイメージって、未だにステレオタイプ的な物が存在する。「日本人は真面目で勤勉、時間や期限には正確」、よく言われがちなステレオタイプである。台湾も多くの日本人が訪れるようになり、その過程で段々そういうのも少なくはなっているのかもしれないが、ぼく自身は相変わらずそういう印象が残っているような気がする。

こういうのはある意味でのプレッシャーであり、そういう考えを持っている人たちが、そういうイメージとは正反対の日本人と関わり続けるとどうなるか、日本人へのイメージがどんどん悪くなるのである。実際ぼくもそういう経験をしたことがある、ただ単純に辛かった。

以前の記事で散々話した「外国人留学生の立場」も、たまたま台湾では比較的日本人への印象がいい国なので、まだマシになっている部分があったりする(と思う)

期待されてることを裏切る、たとえ相手のステレオタイプが原因の一端だとはいえ、外国人留学生の立場という事実も存在する以上、自分たちの行動はどんどん後ろに蓄積されていくのである。

年々日本人の留学生が増えている台湾の大学、国際化を推進しているが故留学生が増えている台湾の大学、しかし結局は台湾の大学なのである。

台湾人がメインの大学であり、外国人という少数派は良くも悪くも目立つ存在。

長ったらしく随分いろんなことを書いてしまったけど、これらのことが今自分が果たせる責任であり、結果的には自分を守り最後に最高の結果を出すために果たさなければならない最低限の義務だと考えている。

 

関係ない話。

この記事を書いてる日の話だが、ちょっと気分が沈んでいる、別に病んでるわけではないけど。台湾とはあまり関係のない非常に個人的な話だ。

振り返ってみれば10代のほとんどを、心の病みという暗く終わりのないトンネルの中を歩き続けたぼくだが、そんな中でも出会う人には恵まれた。

明日は空港に人を送りに行く。きっとこの記事が書き終わり投稿するときには、きっとイベントは無事終わっているだろう。以前台湾の空港で、日本に帰るときに人に見送られる機会があった。

もう3年ぐらい前の話、良くも悪くもあの日のことはきっと忘れないだろう。そして明日は逆の立場、別に全然大したことでもないんだけど、少しばかり3年ぐらい前の記憶が想起されて、なんとも言えない複雑な気分である。

あの頃は青かったし若かった。

死ぬときは幸せなときに消えてしまいたいと思った。

一口サントリー・オールドでも飲んで、全部流し込んでしまおう。

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Hsiao-Jen.